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天下分け目の大合戦!?浅野祥雲3大聖地の1つ、関ヶ原ウォーランド

日本を代表するコンクリート像造形師の浅野祥雲。

彼が残したシュールでどことなく面白い作品は、今でも一部の人々を魅了し続けています。

そんな浅野祥雲には、彼のたくさんの作品が見られる3大聖地とされる場所が存在し、そのうちの1つである桃太郎神社については、このブログでもすでに紹介したところです。

今回は、それとはまた別の3大聖地のうちの1つ、関ケ原ウォーランドについて紹介します。

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天下分け目の関ケ原

今回紹介する珍スポットは、岐阜県不破郡の関ケ原町にあります。

関ケ原と言えば、戦国時代に徳川家康率いる東軍と石田光成率いる西軍が天下分け目を争って合戦を行った場所として有名です。

この地域の2月はとても寒く、積雪していてもおかしくない時期ですが、この日は奇跡的にも気温10度を超える日で、積雪・凍結もしていないという状況でした。

そこでこれはチャンスとばかりに名古屋市内からオートバイで名古屋高速を経由し、名神高速道路の関ケ原ICでおり目的地へ向かいます。

関ケ原ICからオートバイを走らすこと10分、あっという間に目的地に着きました。

入口建物の外観からして戦国時代の建造物を意識していることがわかります。

入口横には「ウォーランドのご案内」という看板。

この説明によると、この施設は関ケ原の戦いにおける主要な場面を、まるで当時の戦況を目の当たりにしているがの如く見えるように忠実に再現したということです。

しかも、それはすべて専門史家の指導と監督のもとになされているということ。

戦国時代好きの筆者として、これはかなり期待大の施設と思われます。

入口受付で入場料を支払い、早速施設内へ突入です。

入口を抜ければそこは戦場だった

施設内は広場となっていますが、そこには何かすごく盛り上がっているようにも思えるたくさんの人影が見えます。

しかし、その躍動的な姿形とは裏腹に、人影は全く動いているように見えません。

なぜなのでしょう、もう少し近づいてみてみることにします。

人影はどうやら合戦をしているようです。しかし、すべて生きた人間ではありません。

そう、これぞかの浅野祥雲が制作したコンクリート像の大群です。

こちらの2体のコンクリート像は、向かい合って相手に切り込む隙を窺っているようです。

戦場ではよく見られそうなシチュエーションですね。

刀についた血がまた戦いの壮烈さを物語っています。

こちらは、小高い丘に数人の武士が陣取っているようです。

真剣な表情で腕を組みながら、戦況を見守っているといったところでしょうか。

また、戦国時代には重要な武力として活躍した騎馬が何体もいるようです。

まるで、本当に走っているかのごとくの躍動感。

武器は馬や刀だけではありません。種子島に伝わって以来、他の武器と並んで強力な武器として合戦に用いられた鉄砲を構える足軽隊までいます。

コンクリート像は若干シュールと思われるかもしれませんが、入口の案内板にあったように、関ケ原合戦の様々な場面を忠実に再現しようとしていることがわかりますね。

そして関ケ原合戦を再現しているカラフルなたくさんのコンクリート像は、あの浅野祥雲により制作された作品なのです。

戦(いくさ)とは、かくも非情なものなりか

コンクリート像を見ていくと、合戦はかくも非情で過酷なものだと思われる場面が多々あります。

こちらは槍で突こうとする者と、その勢いに押されて後ろに倒れこんでしまったもの。

見てください、過酷な戦いの中で手にもつ頼りの刀は折れてしまい、表情は顔面蒼白で絶望的といったところです。

これが本当の戦いであったら、この者は次の瞬間には槍に突かれて命を落としてしまっているところです。

こちらではお互いに組み合った挙句、一人がもう一人の上に馬乗りになり、脇差により今にもその命を奪おうとしているところです。

よく見ると、乗りかかっている兵の顔には軽く血しぶきが飛び散っているようです。

ああ無残かな、ここまでマウントを取られてしまっては、倒れてしまっている兵はもう助かりますまい。

他にも、一方がもう一方にマウントを取っているコンクリート像がありました。

ああ、こちらでは走ってきた騎馬に完全に押されてしまって後ろに倒れてしまった兵士です。

その顔は、次の瞬間には訪れるであろう自らの死におびえ切っているといった表情です。

また別の方では、一方の兵が、相手の兵の方を槍で突くことに成功した模様。

その突かれた肩からは、痛々しい真っ赤な血がだらだらと流れています。

目を見開いた表情から、それはかなりの痛みであることがうかがえます。

その怪我では、もはやまともに刀も持てないでしょう。。

こちらでは戦いに勝った兵、その手は打ち取った相手の御首(みしるし)を握っていました。

∑(๑ºдº๑)!!

ああ惨い!こちらでは髷を丸太にまきつけて、打ち取った4つの御首を運んで行っています。

打ち取られた者はみな無念そうな表情です。

このような非道なことがつい数百年前までは行われていたのですね。。

他にも自らの敗北を悟った者が、陣地でお坊さんに念仏を唱えてもらいながら切腹しようとしている場面までありました。

戦場において、兵士たちはいつも死と隣り合わせという過酷な状況であったことが、これらのコンクリート像からわかりますね。

戦国武将たちの思惑

兵士たちの過酷な戦いを見たところで、今度は合戦を率いた有名な武将たちについて見ていきましょう。

こちらの大きく陣取られた場所では、重役の武将たちが囲いをつくっているようです。

その中心にいるのは、この合戦において勝利し、後に江戸幕府を開いて260年も続く太平の世を築くことになる徳川家康

幼少の人質時代をへて、信長・秀吉に臣従し、時には武田信玄に惨敗するという苦節を舐めながらも、ようやくこの大舞台にたどり着いたといったところでしょうか。

腰についている将棋の駒が「王」ではなく「玉」であるのは気になりますが・・・(笑)

どうやら打ち取った相手の首主検をしているようです。

後に太平の世を築いたといっても、合戦においては他の武将たちと変わらず、惨いことをしていたのですね。。

家康に対する陣地には、豊臣政権の存続を図ろうとする相手方の石田光成

かつての秀吉の恩を忘れ、権力を我が物にしようとする家康をなんとしても打ち破るといった心意気でしょうか。

他にも西軍で謀反を図ることで、関ケ原合戦の戦況を大きく揺るがすことになった小早川秀秋といった武将までいました。

義を忘れて謀反を図る者はみな、このように冷徹な表情をしているものなのでしょうか。。

そして、最後にこのウォーランドの主役といっても過言でもない武将について見てみます。

∑(๑ºдº๑)!!

この武将は、、? 近くの立て看板を見るとこんな言葉。

「我こそは武田信玄の亡霊じゃ!!もう争いはやめい!ノーモア関ケ原合戦じゃ!」

このコンクリート像は筆者にとって大変衝撃的なものでした。

なぜなら、武田信玄は関ケ原合戦のずっと前の1573年に長野の山奥で病死していることを知っていたからです。

その信玄がなぜ関ケ原合戦に? しかも生前には川中島の戦いなど何度も争いごとをしていた信玄が、関ケ原合戦に至っては、反戦を促すといった心変わり。

ウォーランドの入り口には専門史家の助言と監督を受けていると説明がありましたが、これも史実なのでしょうか。。

いろいろと突っ込みどころがありすぎですが、関ケ原ウォーランドを代表するコンクリート像です。

戦場のいろいろ

戦場では予想できないハプニングといったものも付き物。

このウォーランドでは、そういった偶然の出来事も忠実に再現されているようです。

こちらの兵士はなぜか上半身裸のまま戦っているようです。

上に着ていたはずの衣服はいったいどこへ行ってしまったのでしょうか。。

他方では、バランスを崩したためか、落馬してしまった兵士がいました。

ものすごい勢いで落ちてしまったことが、兵士の体勢からうかがえます。

騎馬にのり組合う(抱き合う?)兵士。

敵同士なのか、味方同士なのか、いずれにしても馬上で組み合う(抱き合う?)など、大変まれな出来事ではないでしょうか。

剣の外装が剥がれて針金がむき出しになってしまっている。。

もはや戦場で起こりうるハプニングなのかわかりませんが、弓をひきながら白目を見せる兵士。

ピンク色の馬とはこれはまた珍しいこと、馬種は何なのでしょう。

見た者には幸福でも訪れそうな予感です。

これも関ケ原?

さらにこの関ケ原ウォーランドには、もはや関ケ原と関係あるのかよくわからないものまであります。

こちらでは、女性と池から現れた竜が向かい合っています。

実はこれも関ケ原合戦のエピソードのうちの1つなのでしょうか。

知識に乏しい筆者にはわかりませんでした。

また、野原の隅の方には観音様が座っています。その名も「戦(いくさ)観音」

観音様は争いを止め、平和をもたらすイメージがありましたが、こちらの戦観音は願うものに勝利をもたらしてくれるのでしょうか。。

にんにん城? こちらも史実をもとに建てられたものなのでしょうか。

戦国ストラックアウト(笑)!? 関ケ原の合戦と関係のある武将の名前を的にしただけでしょう!?

関ケ原合戦を学ぶきっかけに

コンクリート像が置かれている他に、敷地内には関ケ原合戦資料館という建物もあります。

コンクリート像は割とシュールなものが多かったですが、こちらは至って真面目な資料館です。

むしろ、本当に関ケ原合戦を知りたいのなら、こちらの資料館の方が正確な史実を学べるような気がしました(笑)

しかし、コンクリート像を見て歩いた後だったため、じっくり資料を見物する体力もなかったです。(汗)また来たときはじっくり見たいですね。

天下分け目の合戦の再現から感じる戦国ロマン、興味がある方はぜひ関ケ原ウォーランドへ!

訪問日:2020年2月15日

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